大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成11年(行ケ)30号 判決 2000年6月08日

原告

三菱瓦斯化学株式会社

代表者代表取締役

【A】

訴訟代理人弁理士

【B】

被告

特許庁長官【C】

指定代理人

【D】

【E】

【F】

【G】

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  原告

特許庁が平成9年審判第6570号事件について平成10年11月13日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨

第2当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、平成元年4月27日に日本国においてした出願に基づく優先権を主張して、名称を「防眩用ポリカーボネート偏光板」とする発明について平成2年4月12日に特許出願(平成2年特許願第94964号)をしたところ、平成9年3月5日付けで拒絶査定を受けたので、同年4月22日に拒絶査定不服の審判を請求した。特許庁は、この請求を平成9年審判第6570号事件として審理した結果、平成10年11月13日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、平成11年1月6日その謄本を原告に送達した。

2  特許請求の範囲請求項1(以下、同項記載の発明を「本願発明」という。)

2色性物質を高分子フィルムに吸着させ、かつ配向させて成る偏光性薄層の片面或いは両面に、レターデーション値が2000nm以上であるポリカーボネートシートを貼り合わせた後、曲面加工して成ることを特徴とする防眩用ポリカーボネート偏光板。

3  審決の理由

別紙審決書の理由の写しのとおり、本件発明は、特開昭64-22538号公報(以下「引用例1」という。)及び特開昭60-257403号公報(以下「引用例2」という。)各記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであると認定判断した。

第3原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由1は認める。同2は、2頁15行ないし8頁8行を認め、その余は争う。同3は認める。同4、5は争う。

審決は、引用例2記載の発明の技術内容を誤認し、引用例1記載の発明と引用例2記載の発明の組合せが困難であることを看過して相違点についての判断を誤り(取消事由1)、本願発明の奏する顕著な効果を看過したものであって(取消事由2)、この誤りが結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、違法として取り消されるべきである。

1  取消事由1(相違点についての判断の誤り)

(1)  審決は、引用例2に、「高分子系フィルムに2色性染料を吸着配向せしめた偏光フィルムの少なくとも片方の面にレターデーション値8000nm程度のポリカーボネートフィルムを貼着した着色干渉縞を発生しない保護層で保護された偏光板」の発明が記載されていると認定したが、誤りである。

引用例2には、材料の屈折率などが引用例2の特許請求の範囲(1)記載の数式を満足したものが、「着色干渉縞を発生しない」ことが開示されているにとどまり、そのこととレターデーション値との関係については、記載も示唆もない。すなわち、審決指摘の引用例2記載の発明については、レターデーション値が8000nm程度であるが故に「着色干渉縞を発生しない」ことについては、何らの記載も示唆もないのである。現に、レターデーション値が1900nmのものも、引用例2の特許請求の範囲(1)記載の数式を満足する。

以上のとおり、引用例2には、レターデーション値による技術的思想の開示はないから、審決の前記認定は誤りである。

(2)  引用例1には、ポリカーボネート製の偏光レンズの製造法における曲面加工が極めて困難な技術的課題であり、これを特定の特殊な処理手段により解決したものであることが開示されている。

ところが、引用例2記載の発明は、一軸延伸されたものを平面で使用することを前提にして、理論式に基づいて計算されたものである。引用例2記載の発明が、着色干渉縞を発生しないことが開示されているとしても、それを立体的に加工した場合にも着色干渉縞が発生しないか否かについては、引用例2には何らの記載も示唆もない。

したがって、引用例2記載の発明を、曲面加工することをその内容とする引用例1記載の発明に適用することは、当業者が容易に想到し得ることではない。

2  取消事由2(顕著な効果の看過)

(1)  本願明細書には、レターデーション値が1920nmでは着色干渉縞についての評価がCランクであることが記載されている。一方、引用例2には、前記のとおり、レターデーション値が1900nm程度であったとしても特許請求の範囲(1)の数式を満足すればよいことしか開示されていないのであるから、本願発明の曲面加工されたポリカーボネート偏光板が、所定の条件を満たすレターデーション値により、引用例2記載の発明とは異質の格別顕著な効果を奏したことは明らかである。

したがって、本願発明の着色干渉縞の発生防止という効果は、引用例1、2記載の発明から、当業者が予想することができなかったものである。

(2)  引用例2には、引用例2記載の発明のポリカーボネートを更に曲面加工をした場合においても着色干渉縞の発生が防止できることについては、記載がない。

したがって、本願発明の奏する着色干渉縞の発生防止という効果は、当業者が予測できなかったものである。

(3)  本願発明は、加熱による曲げ加工を行っても寸法精度がよい。この効果は、引用例1にも引用例2にも、記載も示唆もされていないから、これらから予測することができない効果である。

第4被告の反論の要点

1  取消事由1(相違点についての判断の誤り)について

(1)  引用例2に、審決が理由2で同引用例のものとして指摘した(1)ないし(4)の記載(審決5頁15行~7頁18行参照)があること、審決が同(4)として指摘した例で使用されたポリカーボネートフィルムが8000nm程度のレターデーション値を有することは、原告も認めるとおりである以上、引用例2に、「高分子系フィルムに2色性染料を吸着配向せしめた偏光フィルムの少なくとも片方の面にレターデーション値8000nm程度のポリカーボネートフィルムを貼着した着色干渉縞を発生しない保護層で保護された偏光板」が記載されていることは、明らかである。

原告は、レターデーション値が1900nmのものが引用例2の出願に係る発明に含まれると主張するが、誤りである。引用例2には、縞次数Nが大きくなる、すなわち、Δn・d/λ※が大きくなると、色むらが解消され、どの角度から見てもNが充分に大きな値であれば色むらは生じないこと(2頁左下欄2行~右下欄13行)、及び、最も条件の悪い状態となる入射面を最も斜めに傾けた場合においても、Nが4以上となるような式(12)、すなわち、特許請求の範囲(1)の第2番目の数式の条件を満足するフィルムでは、干渉縞が観測されないこと(3頁左下欄6行~右下欄10行)が記載されており、これらの記載事項からみて、引用例2には、どの視野角度からの透過光でも着色干渉縞が発生しないようにすべく、最も条件の悪い視野角度における縞次数Nが4超過となるような屈折率「Nx」、「Ny」、「Nz」を有するフィルムが記載されている。そして、引用例2の実施例の数値から逆算してみると、引用例2においては、波長λとして535nmのものを使用していることになるので、レターデーション値は、N=Δn・d/λ=Δn・d/535>4※であるから、Δn・d>2140※となる。このように、引用例2記載の発明のレターデーション値は2140nmを超えるから、1900nm程度のものは、引用例2の特許出願に係る発明に含まれない。

(2)  引用例2には、引用例2記載の発明について、どの視野角度からの反射光又は透過光でも着色干渉縞が発生しないことが記載されている。そうである以上、引用例2記載の発明は、平面状のもののみならず曲面加工したものについても、着色干渉縞の発生を低減化ないし防止できることは明らかである。

2  取消事由2(顕著な効果の看過)について

(1)  引用例2の特許請求の範囲(1)の1番目の数式は、着色干渉縞の発生を防止すべく、フィルムの光学軸の方向に進行する光を実質上なくすため(フィルムの光学軸の方向角)>θ’maxとなる条件を規定したものである。2番目の数式は、最も条件の悪い光の進行角度がθ’maxである場合に、縞次数Nが4より大きくなる条件を規定したものである。この2番目の数式は、レターデーション値が最も小さい場合であっても、Nが4より大となることを規定したものであって、光が垂直入射した場合には、当然更に大きなNとなることを規定している。以上のとおり、引用例2の特許請求の範囲に記載の2番目の数式は、フィルムのレターデーション値と関連しているものである。

被告の主張するレターデーション値2140nm以上という数値も、引用例2の特許請求の範囲(1)の数式を満たすものとして、極めて控えめな数値にすぎず、前記1(1)のとおり、1900nm程度のものは、引用例2の特許出願に係る発明に含まれない。

したがって、引用例2記載の発明がレターデーション値1900nm程度のものを含むことを前提とする、原告の主張は失当である。

(2)  引用例2には、引用例2記載の発明について、どの視野角度からの反射光又は透過光でも着色干渉縞が発生しないことが記載されている。そうである以上、本願発明の奏する「着色干渉縞の発生の防止」という効果は、当業者が容易に予想しうるものである。

(3)  原告は、寸法精度の改善が実現できるという本願発明の効果は、引用例1にも引用例2にも記載も示唆もされていないから、これらから予測することのできないものであると主張する。しかし、一方で、平成9年9月29日付けの審判請求理由補充書によれば、原告は、本願発明について「本願の請求項1~6には、少なくとも特定のレターデーション値を採用すること、及び、曲面加工をすることを構成とすることが明記されており、当該構成により『加熱による曲げ加工を行っても、寸法精度が良い』という効果を奏する」(8頁19行~22行)と主張しており、他方本願発明の構成が引用例1、2記載の発明から容易に実現できるものである以上、上記効果は、引用例1記載の発明のものに引用例2記載の高レターデーション値のポリカーボネートシートを適用することにより当然実現できるものであり、格別顕著なものと認めることはできない。

第5当裁判所の判断

1  取消事由1(相違点についての判断の誤り)について

(1)  引用例2に、審決の理由2で同引用例のものとして指摘された(1)ないし(4)の記載があること、及び、上記(4)の例(引用例2記載の発明)で使用されたポリカーボネートフィルムが、8000nm程度のレターデーション値を有するものと解されることは、当事者間に争いがない。

そうすると、引用例2記載の発明は、「高分子系フィルムに2色性染料を吸着配向せしめた偏光フィルムの少なくとも片方の面にレターデーション値8000nm程度のポリカーボネートフィルムを貼着した着色干渉縞を発生しない保護層で保護された偏光板」であるものと認められる。

そして、引用例1記載の発明に引用例2記載の発明を適用することを妨げる事情は何ら認められない。のみならず、引用例2に、審決の理由2の上記(2)摘示のとおり、引用例2記載の発明がどの視野角度からの反射光又は透過光でも着色干渉縞を発生しない保護層で保護されていることが記載されている以上、偏光板の着色干渉縞の発生防止を意図して、引用例1記載の発明に引用例2記載の発明を適用することは、当業者が容易になし得たことというべきである。

(2)  原告は、材料の屈折率などが引用例2の特許請求の範囲(1)記載の数式を満足したものが、「着色干渉縞を発生しない」ことが開示されているに止まり、そのこととレターデーション値との関係については、記載も示唆もないから、引用例2に「高分子系フィルムに2色性染料を吸着配向せしめた偏光フィルムの少なくとも片方の面にレターデーション値8000nm程度のポリカーボネートフィルムを貼着した着色干渉縞を発生しない保護層で保護された偏光板」の発明が記載されているとの審決の認定は誤りであると主張する。

しかし、審決の上記認定は、引用例2に「着色干渉縞を発生しない」こととレターデーション値との関係が記載されているとしたものとは解されない。また、上記両者の関係を知らなければ、引用例2記載の発明を引用例1記載の発明に適用することが困難となるという筋合いのものでもない。なぜなら、ある発明が着色干渉縞の発生を防止するという効果を奏することを知りさえすれば、発生が防止される原因やその発明を生んだ着眼点などまでは知らなくても、着色干渉縞の発生防止を目的に上記発明を適用することは容易だからである。そして、引用例2記載の発明は、着色干渉縞を発生しないものであり、かつ、客観的事実として、レターデーション値が8000nm程度のものであるのであるから、審決の上記認定に誤りはない。

(3)  原告は、引用例2記載の発明について、それを立体的に加工したとしても着色干渉縞が発生しないか否かについては、引用例2には何らの記載も示唆もないから、これを曲面加工することを前提として、引用例1記載の発明に適用することは、当業者が容易に想到し得ることではないと主張する。

しかし、前記のとおり、引用例2には、引用例2記載の発明について、どの視野角度からの反射光又は透過光でも着色干渉縞を発生しないことが記載されているのであるから、当業者が、これを曲面加工しても着色干渉縞が発生しないであろうと予想することは当然である。原告の主張は、その前提を欠くものであって、採用することができない。

2  取消事由2(顕著な効果の看過)について

(1)  当業者が、引用例2記載の発明について、これを曲面加工しても着色干渉縞が発生しないであろうと予想することが当然であることは、前記1(3)のとおりである。そうである以上、本願発明の着色干渉縞の発生防止という効果は、当業者が予想し得たものというべきである。

なお、審決は「偏光板の着色干渉縞の発生防止を意図し、・・・高レターデーション値のポリカーボネートシートを使用することは、当業者が容易に想到し得る」(9頁16行~10頁1行)として、当業者が着色干渉縞の発生防止という効果を予想し得ることをも説示しているものと解されるところである。

(2)  原告は、本願明細書には、レターデーション値が1920nmでは着色干渉縞についての評価がCランクであることが記載され、引用例2には、レターデーション値が1900nm程度であったとしても特許請求の範囲(1)の数式を満足すればよいことしか開示されていないのであるから、本願発明の曲面加工されたポリカーボネート偏光板がレターデーション値により、引用例2記載の発明とは異質の格別顕著な効果を奏したことは明らかであると主張する。

しかし、引用例2における着色干渉縞が、本願発明による着色干渉縞とは異なる意味のものと解すべき理由はない。そうである以上、本願発明の着色干渉縞の発生防止という効果は、引用例2記載の発明から、当業者が予想し得たものであるというほかはない。

(3)  原告は、本願発明について、加熱による曲げ加工を行っても寸法精度がよく、この効果は、引用例1にも引用例2にも記載されていないから、これらから予測することができないと主張する。

しかし、加熱による曲げ加工を行っても寸法精度がよいという効果は、本願明細書に記載されていない。そして、仮に、本願明細書に記載されていないにもかかわらず、上記効果があることを当業者が認識することができるというのであれば、それは自明の効果であるというほかはない。したがって、本願発明について、当業者の予想を超えるほど寸法精度がよいという効果があるものと認めることはできない。

3  以上のとおりであるから、 原告主張の取消事由は理由がなく、その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。

第6よって、原告の本訴請求は、理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山下和明 裁判官 山田知司 裁判官 宍戸充)

<編注:『※』部分は原文のとおり。>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例